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*以下の一文は、世界的に有名な医師である米国アンドルー・ワイル博士より、いただいた最初の著書「人の体は、なぜ治る?―ホリスティック・メディスンの知恵」(文庫版は、「体はこうして癒される」)にいただいた序文メッセージです。
『私の友人である大塚晃志郎氏は、いかにして伝統医療(相補・代替医療)と現代医療が新しい科学として統合しうるかということを、日本の人々に理解してもらう一助となるべく、この本を執筆した。
彼も私も、新しい「ホリスティック」な医療こそが、これからの未来の医療となることを信じて疑わない。
アメリカにおいても日本においても、今日、現代医療(対症療法による医療)が主流である。たしかに、現代医療は多くの領域で成功をおさめてきた。とくに外傷や細菌による感染、そして救急医療や緊急の手術などの治療における成果は目覚ましいものがある。しかし、対症療法による医療は、往々にしてたいへん高価であり、非常に危険をともなうものである。また、われわれの社会で人の命を奪い、一生を不自由にしてしまうような多くの病気に対処していくには効果的でない。
日本で講演やワークショップをしていると、アメリカで聞かれるのと同じような医者への苦情をよく耳にする。たとえば、患者のいうことを聞いてくれたり、説明をしたりするために時間を割いてくれない。いつもすぐに薬物を与え、手術をすすめる。患者のライフスタイル(生活習慣)に注意を払ってくれない。栄養についてまったく知らない。自然な治癒力をいかにひきだすかについては何も知らない。というような苦情がそれである。
アメリカの患者たちは、以前にもまして医者の権威性について疑問を投げかけるようになってきている。というのは、患者は、医者の示すヘルスケアのシステムに、たいへん不満をもっているからなのである。私は、日本でも、患者は同じ方向に向かいつつあるように思う。
アメリカでも日本でも、医療の世界において伝統医療(相補・代替医療)的な形というものが存在し、人々は健康や病気について、別な考えをもとめ、再びそれらに目を向けだしている。もっと効果的で、危険がさらに少なくてすむ、より安価な治療法を見つけていくことを期待しているからであろう。
伝統医療(相補・代替医療)の考え方と実践方法は、ときとして理にかなっていて有用であり、また、ときとして、非科学的であまり役に立たないこともある。それでは、いったいどのようにそのちがいを見分けたらよいのだろうか。
この問いに対する答えなどない。とくに、伝統医療(相補・代替医療)と現代医療の功績についての議論はしばしば白熱し、怒りをかうことすらあるからだ。
伝統医療(相補・代替医療)的な治療家たちは、対症療法的な現代医療のすべてを、健康にとって危険なものだと拒絶してしまう傾向があるし、一方、多くの医者たちは、他の治療法をインチキだと決めつけ、拒否してしまう傾向が依然としてあるようだ。
唯一の希望は、双方の世界に精通した、優秀で心を開いた治療家たちが、それらをつなぐ橋を築こうと試みることであろう。そのようにしてはじめて、2つの医療は双方のもっともすぐれた要素を統合しつつ、新しいホリスティックなモデルをつくりはじめるのである。
大塚晃志郎氏は、その統合をになう一人である。
彼は世界中を旅して、さまざまな文化における健康法というものを研究してきた。彼は、日本において栄養とライフスタイルを重視する医療というものを実践してきた。さらに彼は、日本ホリスティック医学協会において、多くの医師たちとともに活動してきた。その結果彼は、未来の医療がどのようなものになり、どうしたらそれを具現化できるかということを読者に説明できる、きわめてまれな立場にある。
この本には、みなさんの健康を改善したり、病気のリスクを減らすことに役立つような、実際的な情報が多く書かれている。そのことはまた、日本やアメリカ、その他の多くの国々において成長しつつあるホリスティックな医療活動に対し、重要な貢献を果たすことになろう。このような活動に加わることにより、みなさんは、みなさん自身のよりよき健康を体験することを学び、そのことがさらに、みなさんの社会の健康を改善することにつながり、ひいては地球全体の健康を改善する一助となっていくのである。私は、このようなことは、たいへん価値ある目標であると考えている。』
米国アリゾナ大学医学校 臨床医学教授
統合医療プログラム 担当部長
医学博士 アンドルー・ワイル
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1997年5月12日号、2005年10月17日号に2回も、国際的
ニュース雑誌「TIME」誌の表紙を飾ったアンドルー・ワイル博士 |
*この一文は、アンドルー・ワイル博士から1993年10月にいただいたもので、当時、まだ、「統合医療」いう言葉すらなかった時代に書いてくれたもので、それから12年以上を経た2006年の現在になって、用語の使い方の時代的な変化もありますので、より明確に意味を伝える訳とすべく、用語の一部を若干補い、意訳してあります。
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